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2009年03月06日

コーヒーのお話と両親訪問

書こう、書こう、と思っていてそのままにしていたものの1つ。
9月に両親がコロンビアに来てくれたこと。
それに合わせて、仕事でお世話になっていたK君も遊びに来てくれました。

たった1週間の滞在だったけれど、あっちに行ったりこっちに行ったり、連れ回してしまいました。
きっとすごく疲れたと思うけれど、母にとっては初めての、父にとっても私的旅行では初めての海外だったので、あれこれ見せたくなってしまったのでした。

その中での1つが、コーヒー農園の訪問。
このコーヒー農園は、3年くらい前にウルルン滞在記の舞台にもなった農園で、
農園主のホセさんは、コロンビアコーヒー連盟のカタログやポスターにも登場したりもしています。


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両親&農場主のホセさんと。ここのコーヒーは本当に美味しいです。


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馬にのってコーヒー摘みへ。嬉しそうな父


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畑仕事が好きな母は、一度コーヒーを摘みだすと止まらず、、、誰よりも長くいつまでも摘んでいました (^-^;

その時の詳しい話を、地球の歩き方ブログに書きました。
お時間あったらぜひご覧ください。
http://blog.arukikata.co.jp/tokuhain/jica/2009/03/post_83.html


この投稿に対し、JICAの編集担当の方から
「いい原稿ですね。
一読、コロンビアコーヒーのファンになりそうです。(笑)
コーヒー農園の話題だけかと思ったら、さりげなく途上国と先進国の貿易不均衡
についてもきちんとふれていて。
大上段に構えて語ってないので、かえって気持ちが伝わってきます。」

なんて嬉しいコメントをもらって気分が盛り上がっちゃいました。
皆からの感想もぜひ聞いてみたいです♪

2009年02月25日

職員のお宅訪問

残り少なくなってきた週末、色々挨拶回りをしています。

先週末は、私の職場に20年も勤続している仲良し夫婦、Omaira & Luis 宅へ。

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家の目の前に広がる美しい風景。
奥に見えるのは、プラタノ(バナナの甘くないもの)の木とコーヒー畑。

コロンビアは契約勤務が多いので、彼らのように長年同じ職場に勤務しているケースは稀です。
そんな中で、私の職場は例外的に10年以上勤めている職員が多く、
その為か安定感やファミリー的な雰囲気があって私は好きです。

さて、そのお宅、バスに乗って坂を下って下って揺られること30分
(本当に椅子から落ちそうになる・笑)、
坂を下がると気温が高くなっていくのを感じるはマニサレスならでは。


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彼らの家。
マニサレスの急な坂の様子がよく分かる家の建ち姿(笑)


家では美味しいサンコチョ、とよばれるスープランチとよくしゃべる可愛いオウムがお出迎え。

オウム
「Quiere Cacao?(カカオ欲しい?)」、「Que rico!!(美味しい!、良いね~!)」がお得意のフレーズ。こっちが笑っていると、一緒に大笑いしてくれる愛嬌者。

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Omaira & Luis 一家。
ご馳走と一緒に。(ご飯やサラダは取り分け用です。あしからず・・・)


ご飯の後は音楽を聴いたり、おしゃべりしたり、アルバムを見せてもらったり。

そこで知ったのは、彼ら夫婦が10歳、12歳から親元を出て働き始めた人生を歩んでいたこと。
Omaira は14人兄弟で、一番下の妹が9ヶ月の時にお父さんが病気で亡くなり、
学校に行けなくなった。
Luis は両親仲が悪く、母親について家を出、働くことになったとか。
確かに Omaira は外国人である私に電話メモを残す為に基礎的なスペイン語のスペルを質問してきた事があった。

二人はその後、お手伝いさんや牛の世話などの仕事をした後、そこの主人からの紹介で
今の職場で安定した生活を手に入れた(その主人が二人のキューピッドでもある)。
彼らの家は、ある宗教団体から寄付されたものだと聞いた。

彼らの娘は大学を卒業し、私達の職場で英語の先生を務めていた時期もある。
今は家から1時間以上かかる田舎の学校の先生をしていて、とても充実しているのだとか。
(そこの子供たちは市が提供するジープで毎日通学するそうだ)

彼ら一家はとても幸せそうで、一緒にいると優しい気持ちになれる。
色々な人生があるものです。

(その翌日は、日系人Claraさんとご主人(イラン人)の家に遊びに行った。
本当に色々な人生があると思う。その話はまた後日)

2009年01月20日

200m の大岩に登る

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Medellin(メデジン)に行ったときの事

「絶景が見られるよ~」というお勧めの言葉があって
Peñol(ペニョール)という 200mある大岩に登ってきました。

行くバスで、家族で来たという親切なおばさんから、
この地域の歴史を少し聞いたところによると
30年ほど前、貯水&ダム建設の為にその地域は水没し、住民は近くの町に移住させられたらしい。

ちょっと複雑な気分。

しばらくすると、ある集落に到着。
バスから見ただけだったけれど、ちょっと違和感を覚えるくらいコロンビアっぽくない近代的な雰囲気の小さな町。

というのも、ここが上記の、移住させられたという新しい町。
30年ほど前からすべてが新しく作られた町だから、他の町とは雰囲気が違ったんだ。

。。。

と考えているうちに、進行方向に大きな塊が見える
その塊がどんどん大きくなる、、、

到着してその大きさにびっくり!
これが1つの岩なの?!

岩山らしきものは周りに無い中、大きな岩が1つ。
どこから来たんだろう、、、。

その岩の外壁に沿って階段が設置してあり、頂上には展望台があるというのでひたすら登ってみる。
標高2000m近い場所にあるし、階段が急なので息が切れる事といったら、、、。

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頂上にあるのが展望台。岩のふもとにはちょっとしたお土産屋さんやレストランがある。


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一緒にいったひろえちゃんと。
登り始めの、元気な頃


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岩に生えていたサボテンのような植物


で、登りきってみると確かに絶景。
緑と水と遠くに見える山々。
今までに見たことのない風景が広がっていた。(トップの写真)


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バスで仲良くなったおばさんとその家族。


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でもこれが人為的に沈めたダムなのかと思うと、やっぱり複雑な気分になるのでした。

2008年12月13日

14時間遅れのまんまるお月さま

日本にいるお友達が、夜空に浮かぶとても綺麗なまんまるお月さまについての日記を書いていた。

日本時間での今朝早朝のお月様は今年一番地球に接近しているらしく
その影響もあってとても綺麗に満月が見えたのだとか。

その日記を読んだ頃、マニサレスは朝、そして雨。。。
コロンビアでも同じお月様を見られると良いなぁ、と思って今窓を開けてみたら、ちょうど雲が薄くなって、とても綺麗な満月が・・・。


14時間遅れ、でも同じ満月。
そう思うとなんだか感慨深くなってしまった。


ちょうど2年前の今頃、技術補完研修の講師(協力隊OV)から
「空を見上げれば世界各地にいる仲間とつながってるって思えるよ」、と言われた事を思い出した。


来週と来月初め、たくさんの思い出を共に過ごした隊員仲間が帰任する。
今までお疲れ様でした。そしてありがとう。


私の所へも一昨日、帰国準備に関する書類が届いた。
もう、そんな時期なんだ。
3月24日、コロンビアを出発します。

2008年10月23日

アマゾン旅行 -2- ピンクイルカ・ペルー・ブラジル

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あまりの気持ちの良さに調子に乗ってる一枚(笑)


アマゾン川ではピンク色のイルカが見られる。
と聞いて、楽しみにしていたけれど、イルカがピンクだなんて想像ができなかった。

ガイドさんにイルカが出現しやすいポイントへ案内してもらうとイルカに遭遇!
(ガイドさん、といっても、前回の日記で書いたインディヘナの村に住む現地の一般男性)

でも、どうもピンクっぽくなくて 「もっと見られたらなぁ」、と思っているうちにスコールが!
雨雲がどんどん向かってくるのが目に見えて分かりました。

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左の写真、キノコ雲のように見えますが、竺のように見える部分は局所的に雨が降っている様子。 右の写真、雨雲が近づいている様子です。


大雨が降るとイルカは隠れてしまうらしく、その時はそれ以上は見られず残念。。。


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大雨の為、カッパと長靴を借りました。てるてる坊主。。。


けれどその後、Puerto Nariño(プエルトナリーニョ)という
アマゾン県の中ではレティシア市の次の大きいと言われる町へ行く途中、
念願のピンクドルフィンに遭遇!

本当にピンク色で驚きました。
川でイルカ、しかもピンク。
ガイドさん曰く、大きなイルカほどピンク色なのだとか。
元は灰色で、大きくなるにつれて傷が増え、だからピンクに見えるんだ、という話も。


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網釣りをしている現地の人とホテルに現れた猿。


その後、アマゾン川から続く、Tarapoto 湖で泳ぎました。

この湖までの川沿いの風景が本当に「ジャングル」という感じで、鬱蒼とした緑。

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南国っぽい感じの鳥が独特の鳴き声で鳴いていたり両岸を行き来していて。
人間が誤って迷い込んだら二度と出てこられないだろうなぁ、なんて。


で、湖の岸付近で泳いだわけですが、土がヌメヌメしていて、足を着くと気持ち悪い。。。
しかも、足を何かが突っつく、かじられてる?!
「ここにはピラニアもいる」と聞いて(><)


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実際はピラニアではなくて、小さな鰯の仲間らしい魚が足を突っついているらしいです。
地面のヌメヌメとその突っつきがなんとも言えない感触でした。

で、しばらくするとガイドさんが
「今度はもっと湖の中心で泳いだら良いよ」とあっさり。

本当に湖の真ん中まで行って停車、「はい、降りて~」
船から飛び込みです。

ドボン。

「今、かなり沈んだけど足がつかない・・・(私はあまり泳ぎが得意ではない・・・焦)」

浮き上がってなんとか泳いでいるとまた足に何かあの突っつかれる感触。

「もしや、今度こそピラニア?」

なんて考えると恐くなって、焦って半分溺れそうになりながらも船に引き上げてもらう。
魚も人間の飛び込みにびっくりしてか、ピョンピョン水から跳ねたりして。

実際はピラニアに噛まれる事なんてほとんど無いらしいですが
やっぱりちょっと恐かったです。
何事もなく終わってしまえば良い思い出ですが(笑)。


その後、プエルトナリーニョの町に戻って
ピラルク、という3mはあるという魚をいただきました。
川魚特有の臭さはなく、でも独特の味がして美味しかったです。
帰りにこの魚のウロコをお土産に買ったのですが、その大きさにびっくりしました。
(ピラニアも食べたかったのだけれど、その日は売っていなくて残念)

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そして、この町もまたとっても可愛くて、気に入りました。
時間があればもっとゆっくり回りたかったなぁ。


その後、ホテルへ帰る道(川)の途中、泊まっていた島の対岸にあったペルーへ上陸!(といっても30分くらい)

島の岸に着いて、何の断りも無く(岸には誰もいない)島へ上陸。
パスポートがなくても、他の身分証明書もせずペルーの島に入れてしまう。


本当に小さな島で、ここでものんびりした空気。
家にお猿さんがいたり、ハンモックで子供が寝ていたり。

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ペルーは言葉も一緒(スペイン語)だから、何も変わらない感じ。

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前回の日記で使った写真はペルーで撮ったもの。
でもあの木、実は自分ひとりでは登れませんでした(苦笑)
対岸に写っているのは、コロンビアの島。


そして、アマカジャク国立公園を後にして公共の船を使ってレティシアへ移動。


ガソリンが高い為か、一般客に乗船料金を聞くと結構高くてびっくり。
(ホテルからだと約1300円くらい。ここの物価を考えると・・・)
よほど何かない限り、レティシアへは行く事がないんだろうな。。。

ところが、レティシアの船着場を目の前にしてガス欠(笑)
川にプカプカ浮きながら、給油を待ったりしたのもまた思い出のひとつとなりました。

どうやら今は乾季なので、水位がものすごく低くて岸に着くのも一苦労だったようです。
雨季の時とは数メートルも水位が変わるらしく、そうなると風景が全然違うのだとか。


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レティシアのホテルにいた鳥。
(多分餌付けされていると思われる。こんな感じの鳥はプエルトナリーニョでも道端にたくさん見かけました)


レティシアの町は思ったよりも暑くなくて過ごしやすかったです。

そしてバイクが多い。
車も少しは走っているけれど、大半はバイクだった。
中には子供2人を乗せて4人乗りになってたりとか(笑)


そしてブラジルの国境の町、Tabatingaへ。
町の繁華街から歩いて15分くらい?もうすぐです。

国境をこうしてまたいだのは韓国の板門店に行って以来。
あの時はちょっと特殊な場所だったから、こうして普通に国境を歩いたのは初めて。

ここでもびっくりなのが、パスポートや身分証明書の提示依頼は一切なし。

それどころか、どこが国境なのか、よく分からない。
一応、道路の真ん中に「ようこそブラジルへ!」という看板があったけれど
人々は普通に歩いたり、バイクに乗ったりして行き来している。
面白いな~。

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アマゾンの町は、人間が陸路(アマゾンのジャングルを通って)で
他の地域に行く事は到底不可能だから、この辺りの国境を行き来しても問題ないのでは?
と、コロンビア人も言っていた。


国境を越えてしばらくすると、お店の標識や聞こえてくる言葉がポルトガル語に!
表記は似ているけれどちょっと違う、音声はとても違う。
面白い!

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国境付近のチョコレート屋さん。左がポルトガル語、右がスペイン語。


お店でお買い物をすると、コロンビアのペソが使えるけれど
お釣りをブラジルのレアルでもらう事もできました。

ポルトガル語ができなくても、スペイン語を話せる人が結構いるし、
そうでなくてもお買い物だけだったら言葉が通じなくても問題なし。


青果市場に行ってみると、マニサレスでは見かけないものがいっぱい。
印象的だったのは、唐辛子系のものが多かった事と、ご飯に混ぜて食べるという、ユカというイモからできた天かすのようなFerinaというもの(美味しい)。

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市場を出ると、雑貨売り場が並び、そのすぐ先にはアマゾン川。
そこでも色々なものが売っていて、活気があった。
そしてその川の対岸はコロンビア、なんだか面白い。

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左:売っているのはジュース。対岸はコロンビア。
右:お昼ご飯が見本としてじゃなくて、盛り付けられた状態で売っていた。かなり暑かったけれど、腐らないのかな・・・。


ここではバイクタクシーがたくさん走っていたのだけれど
そのタクシーも両国間を移動できる様子。

ただ、ブラジルでは着ていたバイクタクシーのジャケットをコロンビアに入るときには脱ぎ
(一応、他の国では働いてはいけない、という規則があるのかも)
ブラジルでは被っていなかったヘルメットを、コロンビアに入る直前に借りていた姿が面白かった。(コロンビアはバイクの交通ルールが厳しい)


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レティシアに戻ってみると、コロンビア・ペルー・ブラジル国旗を彩ったベンチを発見。

ベンチの置いてあった近くのお店の人に、「このベンチいいですね~。」と言うと

「コロンビアもペルーもブラジルも同じ。みんな家族だよ。」

と言っていたおじさんの笑顔と言葉がとても心に残りました。
ここでは国境なんて、関係ないんだなぁ。物理的にも心理的にも。素敵です。.


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レティシア空港は綺麗な絵に溢れています。
左はトイレ。ドアが閉まっていたら見逃すかも。。。


レティシア、アマゾン、ペルー、ブラジル、どこもと~っても素晴らしかったです!

2008年10月17日

アマゾン旅行 -1- 国立公園 Amacayacu とインディヘナの村

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コロンビアの最南端、アマゾン県の県庁所在地レティシア市からアマゾン川のほとり、緑溢れる国立公園・ Amacayacu まで行ってきました!


アマゾンは地球の空気の3分の1を作っている。
納得です。
もう、見渡す限りのすごい緑が飛行機から見えた時、大興奮でした。

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飛行機の着くレティシア市は人口約3万人。
私の田舎、大磯町と同じくらい。言われてみればそれくらいな規模かも。

そこから小さな船でアマゾン川を上ること2時間弱。
様々な木々がアマゾン川のほとりにそびえていました。

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国立公園の中にある、アマゾン川のほとりにあるホテルに滞在しました。
ものすごく雰囲気のある、素敵なホテルでした。

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共同シャワーのお湯はソーラーシステムのようです。


ホテルに着いてすぐ、アマゾン川に沈む、息を呑むように美しい夕日。
もうなんとも言えず、ただ感動しました。

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夜はビールを飲みながら、デッキで川と月空を眺めながらのんびり。
虫の声がとても綺麗。
ぼぅぼぅ、とではなく、チカチカチカ、と光る蛍があちこちに。
そして、目の前にある木は猿のベッドだそうで、夜遅くなると猿が寝床争いをしていると思われる声があちこちで聞こえてきて。
トイレに行くと、コウモリの先客がいたりして(笑)


翌日は朝早く起きて、ホテルの周りにある遊歩道をお散歩。

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これがものすごく良くて。
見たことのない木々、綺麗な鳥の鳴き声、気持ちよい太陽、そして現れるこの辺りの主のような巨木。

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さすが国立公園に指定されているわけです。


そして、Macedonia という人口800人のインディヘナのコミュニティへ。

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ここは本当に素敵な場所でした。

なんていうんだろう、温かさというのか。


川で遊ぶ子供達はとっても楽しそうで気持ち良さそうで、

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木に登って果物取りをしている子供も楽しそうで

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(そこでもらった「カイモ」という果物はライチみたいな味がしてとても美味しかった。
でも皮はガムのようにベトベトしていて特殊だった。)


子供に髪の毛を結ってあげているお母さんの顔が穏やかで

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花がとっても綺麗で、

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(道路に落ちている花さえ絵になる存在。)


鳥や蝶が目の前を飛んでいて、鶏がチョロチョロしていて。

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(民家の軒下にいたインコ)


ご飯をありがたく、「いただきます」って自然に言える、そんな環境。

どの人も笑顔で挨拶すると笑顔で返してくれる。
本当に良い雰囲気。


学校の年次表が学校の壁にかけてあったのだけれど、
手作りの木彫りや魚のウロコを使っていた所にすごく感動。

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こんな風に洗濯物を干している家にも遭遇。

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道端にゴミは落ちていたけれど、こんなゴミ箱も発見。
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「この地域が好きだから。ゴミ箱はここにあるよ。」


面白い鳥の鳴き声が聞こえるな、と思ったら目の前の大きな木に
テレビでしか見たことのないような鳥の巣を発見。
枝にぶら下がっている袋のようなものが鳥の巣です。

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カピバラだって、普通にお庭でお昼寝。

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一日のうち半日しか電気は来ないらしいけれど、PCルームを発見。
滞在時は誰もいなかったけれど、どんな授業をしているのか、とっても興味深かった。


途中、ガイドさんが質問。
「この先、進みたいんだけど問題が。橋が壊れかかってるんだけど良い?」

先に進みたい私達は「問題ないです!」

で、進んでみると本当に板が抜けてたり、手すりがなかったりする木橋。
始めのうちは低いんだけど、だんだん高くなって、ドキドキ、緊張。。。

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でも、渡った後は、「良いアドベンチャーができたね~」、なんて。


その先には、いつだか写真に見たことがあった大きな蓮の池!

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本当に大きな蓮だったけれど、これでもまだ小さいんだとか。
大きいものになると、人間が座れるらしい。

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そういえば、少女が蓮の葉に座っている写真を見たことがあったけれど
それを目の前にすると、やっぱり感動です。

その後、素朴で美味しいお昼ご飯を食堂で食べて、その村を後にしたのでした。

つづく。。。

2008年08月09日

幸せな30歳の幕開け

ミソジを迎えた2008年。

日本から、コロンビアで、世界中にいる仲間から
たくさんの方々にお祝いしていただけ、私は本当に幸せ者です☆
お祝いしてくださった皆様、本当にありがとうございました!

そして、現地ではどんな感じだったかというと。

お誕生日の昼間。
職場の職員の方々、レストランに来る子供達にハグとピコ(ほっぺにする軽いキス)
でお祝いしてもらってハッピーに。
なかでも、レストランに来る、両親ともよく話す3姉妹が私の誕生日を覚えていてくれて
チョコレートをプレゼントしてくれ、とっても嬉しかったです♪

そしてその夜。
ホームステイ先のママに「予定をいれず、早く帰ってきてね」と言われていたので
ちょっと期待しつつも(笑)、何も知らされずに帰宅。

違う町活動中の同期隊員と自分の部屋で電話で話していると、呼ばれ
キッチンでは今までいなかったカウンターパートやコーディネーター達が!!
サプライズパーティでした。

↓サプライズパーティの準備中(撮影:カウンターパート)
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↓バースディケーキには30のろうそくが、、、(笑)
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↓喜んでます!!
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↓ホームステイ先のママと。
子供のいない彼女は、私を実の娘のように可愛がってくれます
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↓みんなからのプレゼントはパジャマ。
私が冷え性なのを気遣ってくれて、フリース素材ですごく温かい。
そんな優しさに感動です。
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そして翌日の夜は、マニサレスで活動中の隊員とコロンビア人友達が
盛大にお祝いしてくれました☆

↓入り口には「祝・30歳!!」の風船が(笑)
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↓そして家に入ると、、、なんと30個の風船がデコレーションされていて!!
まるでヴァージンロードみたい(笑)
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↓家をディスコに見立てて、すごく凝ったメニューが。
どれも私の好きなお料理ばかり。思い出話のあるものも。
でも、どの料理も名前に「30」が・・・(笑)
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↓スペシャルメニューはまぐろの握りと鉄火巻き!!
高価で貴重な食材を、、、ありがとうございます(感動)
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↓で、その中にあった特大握りを調子に乗って一口で食べたら、、、
ひどい顔になりました(苦笑)
(この後、むせて大変な事になったんです・・・)
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↓ここでも30のろうそく! ミソジだ~
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↓プレゼントは、南米らしいお土産たち
もうひとつのプレゼントは、コロンビア全土にいるボランティア全員からの
お祝いメッセージカードその名も「三十路への入会案内書」(笑)
直筆のお祝いメッセージってやっぱりとっても嬉しいです。
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↓この袋のようなものは、中にお酒を入れて、こんな風にして回し飲みをします。
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↓一大イベント・30個のカウントダウンで風船割り
1個割る毎にその歳の想い出が、、、なんて(笑)
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↓そして風船を割り終えた後は、お部屋が広がってディスコへと変わり
踊り明かしたのでした。
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すごく盛大にお祝いしてもらって、本当に幸せを感じました。
準備をしてくれたひろえちゃん、みなちゃん、秀さん、ありがとうございました!!

その他にも、遠い任地からボランティアの手をリレーしてやってきた
手作りのと~っても素敵なプレゼントに心から感動したり。

日本の友人から送られてきたプレゼントに感動したり。

私はなんて素晴らしい人たちに囲まれてるんだろう、と感動しっぱなしのここ数日でした。
幸せな30歳の幕開けです。

2008年08月07日

都合よく移動する祝日

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コロンビアでも日本のように「ハッピーマンデー」制度(名前は違うと思うけれど)があり
月曜日が祝日であることが多いです。

そして、なぜその日が休みなのかを知らないコロンビア人も多い(笑)

で、本日、8月7日はボヤカ戦勝記念日、
という、スペイン征服から現在の首都を解放させた記念すべき日。

けれど、ここマニサレスでは、金・土・日の3連休にするために
ほぼ全ての公立学校で、金曜日の授業が木曜日に変更になりました(笑)

私の職場では、中・高校だけではなく、午後と夜間にある職業訓練校も
休みの日を移動。。。
しかもそれが決まったのは2日前(笑)

でもこれ、今回だけではなくて、以前にもありました。
いやぁ、フレキシブルというかなんというか。
それでも子供達が祝日の意味をきちと分かるといいんだけど。

ただ、銀行や公的機関(公立学校は違うみたいだけど)はカレンダー通りの営業らしいですが。

というわけで、今日は祝日なのですが働いてきたいと思います。

そして、今週末からエクアドル・ガラパゴス諸島に旅行に行ってきます!!


写真は先週末撮った夕焼け。
と~っても綺麗でした。

2008年07月07日

誘拐と解放

先週の水曜日、FARCというゲリラグループに誘拐されていた15人の方々が解放されました。

その中には、元大統領候補だった、フランス・コロンビア国籍を持つイングリット・ベタンクールさんという女性やアメリカ人3人も含まれていて大々的に報道されていました。
(この日はドラマや一般ニュースは放送されず、この解放に関係する大統領・解放された人々(というかほとんどはイングリットさん)の演説がずっと放送されていました)

日本でも報道されたようで、知人からメールをもらったり。

職場でもその話で大盛り上がり。
その日の午後、たまたま買出しの予定があったので街中を歩いていると
お店にあるテレビというテレビがその解放の様子を映していて、
そのテレビの周りには待ち行く人々が足を止めてテレビに見入っている。
涙をうっすら浮かべている人もいたくらい。

数ヶ月前にイングリットさんの参謀だったクララさんが解放された時も
大きく報道されたけれど、ここまでの大騒ぎではなかったです。

このイングリットさん、ご両親も有名な政治家で、自身も国会議員を務められたりして
コロンビアの政治汚職に果敢に立ち向かった国民的アイドルのような存在。

彼女の著作、「それでも私は腐敗と闘う」を読んだ時は、
コロンビアの政治汚職(麻薬組織等との癒着)と大物政治家にとって
自分に不都合な人間は消す(殺す)、という実態を知ってすごく衝撃を受けました。

でもその一方で、彼女の行動に違和感を持つ人や不満を持つ人も少なくなかったり。

私も他の本を読んだり、知人の話を聞いて、彼女の本はあくまでも彼女の視点から
書かれた主観的なものである事を感じたことがあります。
(一番印象的なのは、誘拐された時の記述の違い。
一般的には、誘拐されると分かっていながらその場所に向かったと言われています)

それでも上記本はコロンビアの政治の一部を垣間見ることができる
日本語で書かれた希少価値の高い本だと思うので
興味のある方にはぜひ読んでいただきたいです。

また、数ヶ月ほど前から、彼女の最新映像が入手された、とそれまた大きく報道され、
ガリガリに痩せ疲れ果ててしまった、という感じの彼女の映像が
「これ以上誘拐はいらない。一刻も早い解放を。」、というような宣伝で使われていました。

誘拐反対のデモ行進が行われる時も、その彼女の写真がプロパガンダに使われていて。

彼女が解放された事はすごく喜ばしい事です。
でもコロンビアにはまだ何百人という人が誘拐されているのが事実。

元大統領候補だった有名人が救出されたからといって
これで終わりなのではなくて、これを機にさらに解放への動きが強まり
全ての人々の解放を願うばかりです。

そして、今現在ゲリラ兵としている人達も一般社会に復帰できますように。
(ゲリラだからといって一概に悪者ではないのです。この話はまた、、、)

ただ、あれ、と思ったのが。
彼女のその弱りきった映像報道の後、彼女がB型肝炎にかかってしまった、
というニュースを耳にしたこともあったりして(定かではないのですが)
かなり健康状態が気になっていたのですが、解放された時の彼女の様子は、
その宣伝で使われていた彼女とはもしかして別人?とも思えるくらい
しっかりした様子で雰囲気が違っていたのであれ、と思いました。
元気なのは良かったけれど、。、)

2008年06月30日

為替変動の激しさ、、、

ここ最近、コロンビアでのドルに対する為替変動が激しいです。

コロンビアで使われる通貨は、コロンビアペソ。
私がコロンビアに着いた2007年3月時点では、1ドル=2200ペソ弱でした。

私は今、ドルで生活費を頂いているので、
ドルの対ペソ価値が下がれば直接自分の生活にひびくだけに
日本にいたときより為替相場に敏感になりました (^-^;

それが下がりに下がり続け、約10日前には1ドル=1.652ペソまで下がりました(涙)
1年間で約3割近く価値が下がるとはすごい違いようです。

ところが、コロンビア政府は対策を立てたようで
(ドルの価値が下がれば、コーヒー等の輸出価格も下がってしまうので・・・)
この10日間で、なんと1ドル= 1,900ペソにまで上がったんです!
たった10日間で1.5割の上昇、、、すごい変化です。

もし円で考えたら、1ドル100円が1年間で1ドル70円になって、
その後たった10日の間に1ドル85円になるって感じです。

日本円とドルの関係も少し前にはかなり円高になっていたけれど
コロンビアほどの変化があったら日本経済が大変な騒ぎになりそう、、、

以前、友人が輸出入の激しい大きな会社の財務部で働いていて、
為替相場の変動がすごくストレスになる、と聞いたことがあったけれど
その苦労が少しだけ分かるような気がしました。

コロンビアペソ、残り任期の9ヶ月中に、またどう変わるのかドキドキです

2008年06月09日

手作りにハマる

コロンビアに来てから Artesania (アルテニサニア・手芸品)を目にすることが多く、
それが自然の素材でできていたりして可愛くて
日本にいたときはそれほど興味を持っていなかった手作り品にはまってます(^-^)。

最近では手作り品を買うのではなく、作る方も楽しくなってきたり。

というのも、ホームステイ先のママが手工芸上手で、編み物を習いだしたのがきっかけ。

日本で働いていた頃と違って、夜遅く帰ってくる事はほとんどないので
夕食後にドラマを見ながら、世間話をしながら、二人で手芸をするのが最近の夜の過ごし方。
私は赤ちゃん用のカーディガンを編み、ママはベッドカバーの刺繍&パッチワーク。

編み物を教わる


カーディガンはかぎ針で。
学生時代に母からかぎ編みを少し習ったことがあったけれど
こんな本格的な物を作ったのは初めて。
少しずつ形になってくるのが楽しくて、約1ヶ月でできあがりました☆
自分でいうのもなんだけど(笑)、可愛い~♪
将来の為に(?)、日本に持って帰る予定です(^-^;

できあがったカーディガン

次は何を編もうかな~。

もうひとつは同じ街で活動中のみなちゃん隊員と一緒に始めた
Nudo Base de Macrame という日本でいったら「組み紐」のような南米の伝統的な手芸らしい。

これは帰国したCちゃんに教えてもらった美味しいブラウニー屋さんのおばさんが先生。

このお店の近所に住んでいた頃、よく通っていたら顔を覚えてもらえて
それから世間話が始まって、PCの事でちょっとお手伝いしたらさらに仲良くなって。
きっかけは忘れてしまったけれど、手芸を教えてあげるわよ~、
みたいな話になって今に至り。

コロンビア人はすぐお友達になってくれるし親切だなぁって事を改めて実感する出来事。
ただいまベルト製作中です。

製作中のベルト


手芸をしているとそれだけに集中できてすごく良い気分転換ができます。
それに出来上がったものにはやっぱり愛着がわくので
物を大切しようって気持ちが芽生えてくる気がします。
帰国してもこんな時間やこんな気持ちを大切にしたいな。

手作り品をお土産に欲しい方、ご連絡ください(笑)

2008年03月28日

・・中間旅行-大聖堂に上る・・

コロンビアに到着して、ちょうど今日で1年が経ちました!
あっという間だったような気もするけれど、振り返るととっても沢山の出来事があったなぁ。

その折り返しを祝って(?)、先週の連休中に近くの町で活動中の同期隊員が
マニサレスに遊びに来てくれました (^-^)

マニサレスは決して観光都市ではないけれど、
配属先職員のお宅やシニアボランティアのお宅でご馳走になったり、
聖地になっている丘や教会や風景の綺麗な場所などを巡って楽しい3日間を過ごしました。

その中でも特に面白かったのが、マニサレスのシンボルにもなっている大聖堂(カテドラル)。
昨年、内装工事をして教会の頂上まで上ることができるようになったので行ってきました!

マニサレスのカテドラル

これがマニサレスの大聖堂。
コロンビアでは町の中心部に町の中心となるカテドラル、
ボリーバル広場と名づけられた広場があるのが一般的。(首都でも小さな町でも)

ボリーバルとは、ラテンアメリカの植民地からの独立戦争の主導者の名前です。
マニサレスでは、そこに面白い鳥人間の銅像があり(自由を象徴してるとか?)、
教会の正面にはお城(宮殿)のような県庁があるのが特徴的。

教会の前には県庁


カテドラルに行った日は復活祭の日だったので、大々的にミサが行われていました。
カトリック教の教会は本当にゴージャスというか装飾がすごいです。

復活祭のミサ

復活祭のミサ


ミサをちょっと見学した後、さぁ出発。
カテドラルには数人のグループで上る事になっていて、
そこには観光用の警察がガイド役としてついてくれる。

どんな所を上るんだろう、と思っていたらまずは教会の中にある螺旋階段を上る。
この螺旋階段はイギリスのお城の作りとすごく似てるなぁ、と思ったり。

その後、カテドラルのバルコニーに到着。
そこで警察ガイドさんから教会の歴史などを聞き、お医者さんに上る際の注意事項を聞く。
(ここで、お土産品&体調の為に、と水を売っていて、お医者さんは階段を上る際に水を飲むよう盛んに勧める。。。)

そしてその後、カテドラルの屋根づたいに昔からあるすごく急かつ幅の狭い階段を上る。
柵があるから安心は安心なんだけど、下を見るとやっぱり怖い、、、(><)
私達が入れない側は柵が無いので、昔はこういったところを歩いてたんだ、と思うと...ふらふら
でも、アニメなどではこうなった教会やお城の階段をよく見たような気がする。
そんな宮崎アニメとかルパンとかに出てきそうな、そんなイメージです。

昔からの階段

柵が無いと怖いよ!


手前に見える尖塔にもすごく急なはしごがかかっている。
掃除をするためなのか、何のためなのか、、、
実は頂上には十字架が掲げてあって、そこに向けてもはしごがかかっている。
その十字架を掃除するバイトがあるのだけれど、誰も手を挙げないとか。
コロンビアで稼ぎたいあなた!ぜひどうぞ(笑)

ここまででもかなり高い気がするのに、さらに写真にある尖塔にある丸い部分まで上るわけです。

頂上はまだ先


屋根づたいに上った後、内部の階段へと続きます。
この写真を見ればどれほど高いか想像がつくでしょうか?
去年はこのオレンジ色の階段を工事していたらしいですが、昔はもう1枚の写真、
木の階段を使っていたとか。30年前に上った人の話を聞いたらすごく怖かったって。。。
うん、納得 (^-^;

どこまでも続く螺旋階段

木で出来た古い階段


階段を上っているとき、何が怖かったかって、教会の建物自体が古い事と
ところどころ渡してある床部分のコンクリートの薄さ、、、

コンクリートが薄すぎるよー


階段の最後の方は揺れるし手すりはなくなるし(壁に手をつきながら上りました)。。。
手に変な汗を握りながらも、、、なんとか到着!
下を見ると足がすくむ~(><)、人間がごま粒よう。。。
けれどマニサレスの町を一望できる素敵な風景☆
雲が近いです。

人がちいさーい

マニサレスの町を見渡すと


カテドラルのステンドグラス。
カリという町の職人が作ったものらしいです。すごく壮大でとても綺麗です☆

ステンドグラス

ステンドグラス


というわけで、怖いながらもなかなかできないおもしろい経験をしてきました。

さぁ、あと1年、がんばります!!

2008年03月18日

平和のためのコンサート

昨日、コロンビア・ベネズエラ国境に架かる橋で大規模なコンサートがありました。

コンサートの呼びかけ人は世界中で活躍するコロンビア人歌手、Juanes(フアネス)
(2006年には来日経験もあります)

彼の呼びかけによって大物アーティスト7人が参加。
この日の為にできた仮設野外会場には6万人以上が集まったとか。
(会場に入りきれず、何十万人の観客がいた、といっている人も・・・)

私もテレビ中継でこのコンサートを見ました。
たくさんの観客ですごい熱狂!!

午後1時から5時まで約4時間、橋は白い花で埋め尽くされ、
アーティストも会場に集まったお客さんも皆で白いシャツを着ての平和メッセージでした。

コンサートのタイトルは 「Paz sin Frontera(国境のない平和)」
詳しくは このページをご覧下さい
http://www.vive.in/especiales/conciertoporlapaz/home/index.html

呼びかけ人のフアネスは身近な親類が殺されてしまった経験があったりして
平和を想った歌を歌っていたり、彼自身の社会福祉財団を持っていたりします。

FARCの幹部が殺された直後、一時期はコロンビア・ベネズエラ間の国交が悪くなり
ベネズエラから国境付近に軍隊がたくさん送り込まれたり
経済措置がとられて物流が止ったりしたのですが、今は関係修復。
大事にならなくて本当に良かったです。

今後も今回のコンサートのように両国間、南米国間の関係が平和になりますように。

2008年03月03日

コロンビアで温泉☆

コロンビアにも温泉があるんです!
しかも私の任地、マニサレスに。

先輩隊員から話を聞いていてもなかなか行く機会がなかったものの
今日、念願叶って行って来ました~☆

マニサレス近くには標高5000m級の、ネバド デル ルイスという火山があるので
そこからこの温泉は湧き出ているとか。
温泉のある場所は、たっぷりな自然に囲まれたホテルの敷地内で、
見た感じはホテルに併設のプールといった感じ。
温泉の様子
湯質はアルカリ性でちょっとぬめっとした感じでした。

シャワーではなく、足を伸ばして入れる温かい温泉、
お湯は想像していた以上に温かくて、雨季の為に冷えることの多かった体が
芯から温まって本当に気持ち良かったです。

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今回はマニサレスにいるボランティア仲間総勢7名で行ったのですが
それ以外のお客さんはほとんどいなくて、ほぼ貸切状態。
半身浴をしたり打たせ湯に打たれてみたり、お互いの活動について話し合ってみたり。

約2時間もそこで過ごした後は、今月末で帰国されるボランティアの方々の送別会。
お風呂上りのビールと美味しい食事でまたリラックス。
さぁ、明日からもガンバロウ!と活力が湧いてきました☆

ちなみにこの温泉はすごく綺麗な場所にあるだけに入場料もそれなりで
25,000ペソ(約1,400円)と日本の温泉並み。。。
もう少し離れたところに約半額で入ることのできる温泉もあるらしいのですが
そこはかなり水温が低くて、温泉、といった感じではないそうです。

今の生活費ではかなり贅沢な時間の過ごし方ですが、
それでも今日の体の温まり具合と気持ち良さを考えるとぜひまた来たい!と思え
隊員仲間と月々「温泉貯金をしよう」とひそかに約束したのでした。

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2008年02月20日

母秘伝のレシピ、焼き豚に挑戦☆

焼き豚とコールスロー

重たい話題が続いたのでちょっと気分を変えて。

焼き豚。
秘伝ってワケでも無いのですが (^-^;)、
毎年お正月用に母が作る焼き豚がお正月近くにどうしても懐かしくなって、
コロンビア人にウケるか試したくて、普段はお肉料理なんてほとんどしない私が母に頼んでレシピをメールしてもらいました。

材料を見る限り、コロンビアでできそう。
いつもお世話になっているコロンビア人友達のお誕生日が近く、その友達はお肉が好き。

そんな理由で先週末、その友達の誕生会に向けて、焼き豚を作ってみました。

ネギ、生姜、にんにくをみじん切りして炒めている香りは中華みたい。
そこにお醤油が入ると一気に日本っぽい香りになるのが面白い。
家にいた家族とそのお友達が興味を持ってくれたのでちょこちょこ説明したりしながら煮込んで完成☆

お誕生会当日、日本人にもコロンビア人にも「美味しい」と言ってもらえてホッ。

その他、そのお誕生日を迎える友達から、以前、好きだと聞いていたコールスローキャベツのレシピもネットで検索して見よう見真似で作ってみたら、これも好評で嬉しかった!
(ビネガーが無かったので「すし酢」で作ったのが良かったのかな(笑))

お料理を作った時、お料理を食べる人から「美味しい」って言ってもらえる事って
本当に嬉しい事なんだなぁ、なんて改めて感じました。
これからは今まで以上に一食一食、その素材と作ってくれた人感謝しよう。

ちなみに、お買物のレシートを見たら、長ネギの名前が
「cebolla japonesa」(日本のネギ)と書いてあって益々嬉しい気分に (^-^)。
(普段は「cebolla larga」(長いネギ)って書いてある事が多い)

興味がある方、レシピをお送りしま~す。

2008年01月03日

コロンビアで過ごす年越しは、、、

昨年の年越しは、職場の方にお誘いを受け、奥様の実家で大晦日を過ごしました。
Edgar・Lucia夫妻
職場の方と奥様(以前の日記にも登場した幼稚園の先生)

お邪魔した家は閑静な住宅街に建つとても綺麗なお家。
けれどこの日ばかりはガンガン大音量が聞こえる!
家の前にはミニテントがたち、バーベキューをしているおじさんが。
大晦日のお家

普段は広間になっていると思われる部屋は開放されていて、
白い壁にはプロジェクターから映されたミュージッククリップ、
家の誰かが持っているのか、ディスコさながらの照明、マイクまで完備されていました。

奥様は8人兄弟らしく、普段は他の都市に暮らしている家族も集まっていたのですごい人数!
1人ひとり自己紹介されても、なかなか名前を覚えられませんでした (^-^;
けれど初対面の私に対して皆本当に親切で、すぐに仲良くなれるのはさすがラテンの国。

とにかくこの日は食べる、飲む、歌う、踊るの連続で楽しみました☆
0801felizano02_s.jpg 0801felizano02_s.jpg

0801felizano08.jpg 0801felizano09.jpg 左の彼は地毛です


食べるものは地方によって違うそうなのですが、私の任地付近では「豚肉」。
0801felizano07.jpg 0801felizano13.jpg


クリスマス前や大晦日前には「マラーノ」と呼ばれる、豚一頭を買ってきて
それを殺し、そのお肉を卸して準備する行事があります。(日本で言うお餅つき?)
お邪魔した家族も30日に豚を卸したそうです。
私は豚を殺す場には居合わせませんでしたが、住宅街をバスで通っている時、
足を縛られ殺されたばかりと思われる豚を丸洗いしている現場は見かけました。

日本で言う年越し蕎麦、こちらでは「Relleno(レジェーノ)」と呼ばれる
豚肉入りチャーハンを12時を過ぎた時に食べましたあせあせ
Rellenoを直訳すると「詰め物」。
この写真は職場の仕事納めの日に用意されていたもの。
周りは豚の皮。それにご飯、豚肉、野菜などを詰めて蒸し焼きにするようです。
0801felizano12.jpg

踊りはサルサ、メレンゲ、レゲトン、パッソドブレなど色々なジャンルの音楽が流れ
(親戚の一人がDJのような事をやっていました)、皆よく踊ります!
曲によっては歌いながら。

この国で面白いのは、老若男女を問わず、ほとんどの曲は皆知っていて
年齢関係なく一緒に歌って踊ります。おばあちゃんから1歳の女の子まで♪
私も皆に教えてもらいながら混ざって楽しく踊ってきました♪
0801felizano03.jpg 0801felizano05.jpg

12時ちょっと前になると、今までの大音響は収まり一人の女性が司会のような形で
お話を始めました。多分、昨年1年を無事に過ごす事ができて、神様に感謝します、
というような事を言っていたのだと思われ。
0801felizano10.jpg

そして12時になると、「Feliz año!」と言って
皆に抱擁&ベソ(ほっぺを重ねてチュッとする挨拶)をしてまわります。

その後、若者がスーツケースを持ち出し、家のある1区画を走り出す!
そして他の人もその若者について走る走る!!
0801felizano11.jpg
良い旅ができるように、という事らしいです。

12時にはあちこちで花火の音も聞こえました。

例年は「muñeco año viejo」(直訳すると古い年のお人形)と呼ばれるお人形を作って、
12時過ぎにそのお人形を爆竹などを使いながら焼いて厄払いをするそうなのですが
今年はその爆竹の使用が禁止されていたので、(火傷や怪我をする子供が多い為)
残念ながらお邪魔した家ではお人形にはお目にかかれませんでした。。。

けれど、他の地域では道端で椅子に座っている人形を何度か見かけました。
カメラを持っていなかったのが残念。

その後も明け方まで踊り続け、家に着いたのは5時近くでした。
とっても楽しかったです(^-^)
のりのりのおじさん
年齢問わず、皆愉快(笑)

そして元日はゆっくり起き、街に出たのですが、
日本と違って元日はいつもの休日と何も変わりませんでした。
閉まっている店が多いくらい。メインは大晦日の12時みたい。

他の隊員の話を聞いても、大晦日は大家族が集まって過ごしたみたいです。
コロンビアの家族の絆の深さを改めて感じて良いなぁ、と思いました。

2007年12月21日

休暇が始まる♪

私の配属先は明日で仕事納め。
任地のマニサレス市では、1月に1週間以上続く大きなお祭りがあるので、来年は17日が仕事始めだそう。

さぁ、休むぞ~、という事で
まずはコロンビア流クリスマスを楽しんで、
その後、念願のカルタヘナ&サンタマルタ旅行に行ってきます!!
(コロンビアの大西洋側海岸都市)

海を見るのは9ヶ月ぶりです。
毎日海を見ながら育った私としてはと~っても嬉しい☆

そしてマニサレスはまだ雨季で雨寒・曇寒・雨寒な日々。
そして冷え性な私は風邪気味が続いていたり、、、
さぁ、
海を見て、お魚を食べて、太陽を浴びて、元気になるぞ~!

その後は Feria de Manizales (マニサレスのお祭り)。
毎日色々なイベントがあるらしく、面白いらしいので楽しみです。
プログラムが売られているそうなので買いに行かなくちゃ!

それと、やってみようかどうしようかずっと迷っていた
レーシック手術をこの休暇期間中に受ける事を決めました!

既に1回目の検査が過ぎて、眼鏡生活3週間目突入。
(角膜を回復させるために、コンタクトを外す必要があるそう)

まだちょっと恐さも残るけど、周囲から聞く体験談からお勧めされる事も多く、やってみようと思います。

でもその前に。
書き溜めていた日記を整理したいと思っています。

2007年11月11日

点滴初体験&自然災害

先週末、お腹にくるウィルス性の風邪をひいてしまい、脱水症状をおこしてしまっていたらしく、人生初の点滴を体験しました。。。

点滴を受ける前に、看護士さんから
「ちょっと舌見せて?もう、こんなにカラカラになっちゃって~」
と優しく怒られながら、手の甲に長い点滴針をブスっと刺され、、、
(腕じゃなくてびっくり。これって普通なのかな?)
吐き気&寒さと戦いながら、約3時間くらい点滴を受けました。

点滴を受ける時って、異質物が体内に入ってくるので
もっと違和感があるのかと思っていたけれど、
全然そんな事はなくてちょっと不思議な感じでした。

その点滴のおかげで吐き気は無くなったものの、その後しばらくお腹が痛くて食欲も湧かず
コロンビアに着いてから着実に増えていた体重がちょっと落ちたかも。
ラッキー☆

というのは冗談で、
今回風邪をひいたのは、雨季に入ってから大雨&寒い日が続くマニサレスで、
冷え症な私は風邪気味状態が続いていて抵抗力が落ちてたんだろうな~、と勝手に分析。
(寒い日の気温はだいたい10度前後)

コロンビア(南米全体?)では今、異常気象(特に大雨)が続いています。
首都ボゴタで大量のヒョウが降ったのは日本でもニュースになったようで、母や友人からメールをもらったりしました。
でもマニサレスではヒョウは降らず、ボゴタ市内でもごく一部の出来事だったらしく、知人宅の近くでは車が動けないくらいにヒョウが積もったりしたそうですが、他の知人がいた辺りでは、少しヒョウが降ったくらいだったとか。

それよりも、最近よくニュースで目にするのは、大雨による自然災害。
海沿いの都市では、膝の高さかそれ以上に浸水しているニュースを見ました。
海から遠い首都ボゴタの一部でも浸水している地域があったり。

もちろん、現在は雨量も半端ないわけですが、水はけの悪い道路作りに原因もあるんだろうな、と思ったりもします。
日本でよくみかけるドブ、コロンビアではほとんど目にしたことがなく、どこで水はけしてるんだろう、と思う事しばしば。ちょっと雨が降ると、道路は川のように変わってしまうんです。

またマニサレスでは、大雨のせいであちらこちらで土砂崩れが起きています。
特に貧しい地域では、山の急斜面のような所に家が建っている場合もあり、危険度が高く。。。
避難する家族があったり、実際に土に飲み込まれてしまった家も出てきてしまったようです。。。

でも今回の大雨はこういった地域に限らず被害が起きているようで
普通にバスが通る道でもちょっと脇にある斜面の土が崩れていて2車線道路が1車線通行になっている所もあったり。
土砂崩れの様子が新聞に写真が載っていました。ちなみにこの写真の地域は貧しい地域の話ではなく、かなり高級住宅街らしいです。
http://www.lapatria.com/Noticias/ver_noticia.aspx?CODNOT=25697&CODSEC=2

水はけの問題もだけれど、この土砂崩れの問題も、道路や家を建てる土地の造りが「山を切り崩しただけ」のように感じられる場所も多々あって、改善の余地があるんだろうな、と思ったりします。
コロンビアは経済的にはかなり発達していると思うけれど、こういった所にも早く手が伸びて、人々が安心して暮らせる環境が整って欲しいなぁ、と思って止みません。

(ちなみに、私が今住んでいる地域は街中にあるので、土砂崩れの心配はありません)

2007年10月23日

マニサレス、眠らない夜

19日土曜日、マニサレスでは「Manizales Despierto(直訳すると”目覚めているマニサレス”)」という日でした。

どういう日かというと、年に1,2回、県庁所在地などの大きな街で、ショッピングセンターやレストランなどが夜遅くまで開店するというもので(マニサレスでは今年は夜12時まで開店、昨年は朝5時まで開店させていたとか)、商業をより活発にするために国が考えた政策の1つらしいです。

聞いた話では、コロンビアでも日本で言うボーナスのような給与制度が一部であるらしく(といっても通常1ヶ月の給料より少ないらしい)、その支払いタイミングやクリスマスシーズンに合わせて各都市でこの「Despierto」が行われるようなのですが、今回、マニサレスでは、前回の日記に書いたようにお誕生日近くの日に合わせて設定されたようです。

で、私はホームステイ先のママに誘われて21時過ぎ位に自宅近くのショッピングセンターに行ってきました。

行ってみたら閉まっているお店もあったけどたいていのお店は開いていて、
そして数箇所にちょっとした仮説ステージができていて、歌あり踊りお酒あり、という感じ。
お店によっては、お店を開けておきながら友達や家族と思われるような感じのお客さんと一緒に店員さんもお酒を飲んでいて(笑)

踊るお姉さん
ショッピングセンターで踊るお姉さん。美しかったです☆
コスチュームに書いてある「Ron Viejo de Caldas」とはマニサレスのあるカルダス県産のラム酒の名前です。

「お友達のお店に行こう」とママについて行った先は宝石屋さん。
いかにも☆高級☆といった感じの宝石屋さんの女主人と話し込むママ。

しばらく聞いていると、どうやら私の話になった様子。
「この子、ライアーっていう楽器を弾いて歌うのよ」とママ。
「良いわね、私も聞きたいわ。じゃあ、ここでも弾いて歌ってもらいましょう」と女主人。

一度言い出したら自分の主義をあまり変えない人が多いコロンビア人。
あれよあれよという間に楽器を取りに行くことに、、、
じゃあお店の中で歌うかぁ、なんて思っていたら
先に書いた仮説ステージで歌うことに、、、(><)

歌ってます
歌ってます。こんなTシャツ姿で、、、

突然の出来事で緊張している間もない中、歌ってきました(^^;)
いやぁ、度胸がつきます(笑)

通りすがりのお客様
通りがかりのお客様たち

2007年10月13日

158歳のお誕生日&Ilonaのライブ

manizales.jpg

任地であるマニサレス市が10月12日で158歳のお誕生日を迎えました

日本にいた時は自分の住んでいる町の誕生日を意識したことなんてなかったけれど、ここでは市のお誕生日がいつかを知っている人が多くてびっくり。
夜には街の中心広場でイベントも行われるようです。

地元紙にもその記事が載っていました。
http://www.lapatria.com/Noticias/ver_noticia.aspx?CODNOT=23593&CODSEC=2

その記事の中にあった「この街の好きなところ・嫌いなところ」アンケートを一部抜粋。

好きなところ:穏やかな街、安全、涼しい気候、教会、女性(笑)
嫌いなところ:失業者や泥棒が多い、交通が不便、寒い(私も同感)

ここは確かに可愛い、綺麗な女性が多いけど ・・・ (^-^;

話は変わって。
昨夜、ホームステイ先のママから招待チケットをもらったのでIlonaという女性ボーカルのライブに行ってきました。

外見はとても小さくて可愛い感じなのに、歌に迫力があって(特に低音)格好良かったです
http://www.farandulacriolla.com/wp-content/uploads/Ilona%20Foto.jpg

ライブでは自分の過去の話も交えながら、ノリの良いロックからしっとりしたバラード、お父さんが昔良く歌ってくれたタンゴの歌などが織り交ぜられ、とっても楽しく気分転換してきました♪

歌詞の意味は自力ではまだ全然分からないけれど、一緒に行った友達が説明してくれた曲にこんなものがありました。
「貧しい家庭のお母さんが生活費を稼ぐために、家でエンパナーダ(日本で言うコロッケみたいな軽食)を作り、サッカースタジアムで売っていた」
彼女自身、貧しい地域出身らしいです。
コロンビアではこういった歌をよく耳にするような気がします。けれど曲調は決して悲しい感じではないです。
日本ではなかなかこういう歌は無いですよね。

写真はマニサレスの中心街の様子。
こうして改めて見ると、とても綺麗です☆
右側に見える円形で木が生えている場所は墓地です。
ここでは強風の吹くことがほとんどないので、こんな感じにひょろっとした高い木をよく見かけます。

2007年09月27日

雲の上で半年。

職場の入り口付近から撮った写真。
こんな感じで雲の上で生活しているわけです。
0709manizales01.jpg

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日本を出発して、とうとう半年が経ちました!

この半年、日々様々な出来事が起きて笑ったり泣いたり。
あっという間だった気がします。

でも、「半年過ぎてからがもっと早く感じるよ」、
という先輩隊員の意見を聞くと、楽しみでもあり
既に今からちょっと寂しい気持ちになったりして (^-^;

「あぁ、半年経つんだなぁ。夕焼けが綺麗だなぁ。」
なんてちょっと感慨深く思いながら職場から家まで歩いて帰っていた夕べ、
とっても久しぶりに虹を見ました☆
10年以上ぶりかもしれない。
すごく綺麗で感動しました~!

最近、仕事やプライベートで悩む事が多かったので
「がんばれよ~」と神様がプレゼントしてくれたのかも。

半年、というキリが良い時期だし、気持ちを切り替えて、頑張ろうと思います!

0709manizales02.jpg
住んでいる家から撮った写真。
雲が迫ってきてるよ~っ、という感じ。

でもこうして始めの写真と並べてみると、家付近と、職場付近の雰囲気(インフラ)の違いを感じます。
家付近はお金持ちが多く住む地域で、日本と大差ないくらい、かなり発展していて綺麗な地域です。
職場付近はコロンビアの一般的な地域かな、と思われます。
電線切れてるし、、、

2007年07月06日

続・デモ活動

先日の日記で書いた学生による国公立大学の授業料アップに対する抗議活動はその後何度か行われていましたが、惨事になるような事はなく、
「授業料はアップするけれど当初の予定より値上がり幅は少なくする」
という事で平和的に終息したそうです。

大事にならなくて良かった~、と思うと同時に
学生運動に対して政府もきちんと対応するんだな~、なんて思いました。

そして今日、また違ったデモ活動がありました。
といってもこれはとっても平和的なものでパレードみたいな感じ。目的は、コロンビア国内に起きている問題(暴力・誘拐)に対して。

http://www.eltiempo.com/nacion/2007-07-05/ARTICULO-WEB-NOTA_INTERIOR-3625125.html

http://www.lapatria.com/Noticias/ver_noticia.aspx?CODNOT=16132&CODSEC=2


コロンビア国内のあちらこちらで行われていたそうで、
マニサレスでも白いTシャツを着た人(トレードマークらしい)たちが「暴力反対」「誘拐反対」というような横断幕を持って街の中心付近を練り歩いている姿を見かけました。

たまたま招かれた昼食会で出会った裁判官の研修生をしているという男性もこの行進に参加していたそうです。

コロンビアで行われるこういったデモ活動、
コロンビアの人々の行動力と団結力に感心したり、日本人は日本の社会問題に対してここまで熱くなれるのかなぁ、なんて思ったりする今日この頃です。

2007年06月17日

なんて優しいコロンビアの人たち!

日頃からコロンビア人の優しさには助けられてきたけれど、より一層その優しさに感動しちゃいました。

その1.
一緒の家に住んでいて仲良くなった Isabel が大学を卒業したので今週末、いよいよ家を出て行く事に。以前聞いた話では土曜日の朝に出発する、と聞いていたので金曜日の夜は会えるだろうと思って帰宅したところ、家がやけに静か。。

家族に聞いたら、「Kaoruを待っていたけれど、時間が来たので既に家を出てしまったの。」との答え。

「えぇ~、聞き間違えてたんだ。。今夜会えると思ってたから、前日の夜やお昼に他の予定入れちゃってたのに。最後挨拶できなかった…(涙)」
せめて電話しよう、と思って電話してもつながらず、落ち込んで部屋でぼーっとしていたところ、同じく同居人で Isabel と一番仲良しだった Alex が帰宅して私のドアをノック。

「Isabel、Kaoruに会えなくてすごく残念がってたよ。。。でも今夜はまだ近くの街にいるからもし会いたければ連絡してみよう。(金曜日の午後、家を出て少し離れた街へ移動し、土曜日の朝、実家へ出発するという事だったらしい)」と。

「ぜひ!」と頼んで連絡を取ってもらい、私が彼女のいる街まで行くのは安全上NGなので、私はAlex に連れて行ってもらい、Isabel は彼女の友達に頼んで車で市内まで出てきてもらい、会うことができました。

ホームステイ先に着いた時、あまりの同居人の多さに戸惑っていた私に対して、一番優しく気遣って話しかけてきてくれたのが彼女でした。そのありがとうの気持ちは今の語学力では全然伝えられなかったけれど、それでも数時間一緒にいられて、最後にはきちんと挨拶できて本当に嬉しかったです。

IsabelとAlex。別れ際に撮ったので、ちょっと泣き顔なIsabelが可愛い。
Isa と Alex


Alexに感謝の気持ちを伝えると、「コロンビアでは困っている友達を助けるっていうのは自然な事だから良いんだよ。IsabelとKaoruが喜んでくれて嬉しいよ。」と言ってくれてより感謝の気持ちが強くなりました。
(ちなみにこのAlexが以前日記に書いた、悲しい過去を持つ彼です)

以前3人で撮った写真。次はいつこんな写真が撮れるかな。。。
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その2.
私の上司、Marlenyの家に遊びに行ってきました。
チャキチャキしていて思いやりのある彼女には職場でもプライベートでも、いつも本当にお世話になっています。

彼女の娘、Viviana がパン作り教室に通っているというので、今日はチチャロンというディニッシュのようなパンを作ってくれました♪
焼きたてのパンを食べるなんてすごく久しぶりで美味しかった~。

左からMargalita(配属先のボランティア)、Viviana、Marleny
チチャロン作り

その他にも、フルーツサラダを作ってくれたり、お土産にはMazamorraというとうもろこしジャム(?)のようなものも持たせてくれたりして。

ラジオでサルサがかかれば、Viviana と一緒に踊って見せてくれたり、今度来た時には何をしよう、等とにかくもてなし上手なのですごく楽しい時間を過ごすことができました☆

パパイヤ、マンゴー、バナナ、洋ナシ、ココナッツ、レーズン、ヨーグルト入り。
そしてフルーツサラダの下に写っているランチョンマットは Marlenyのお母さんの手作り。その他にも手作りのテーブルクロスを見せてもらったりしたけれど、どれもすごく凝った作りでびっくり。
フルーツサラダ


周囲の人は本当に良い人ばかりで、めぐまれた環境にいられる事に心から感謝です!

2007年06月15日

教育と働く機会・性教育の重要性

最近知り合ったコロンビア人の中に、ITベンチャー企業の若者達がいます。
シニア隊員(中小企業振興のコンサルタント)の方から紹介され知り合ったのですが、今日、その中の1人で経営者のMarcelと話した内容がとても印象的でした。
(ところどころ聞き間違えているかも、ですが・・・)

彼と話すまで、コロンビアの貧富の格差は本当に激しく、世代を超えてもなかなか乗り越えられない、日本の様に「のし上がっていく」事はほんとうに難しく、ほぼ不可能に近いんじゃないか、というように感じていました。

けれど Marcel の父親は、子供の頃は履く靴が買えない、満足に食べられない日もあったほど貧しかったけれどたくさん働いて勉強をして、経済学者になり、さらに働いて、今では家と車と別荘を持てるほどになったとか。
そして今は田舎の人たちの為に仕事(経済学者なので研究?)をしているそうです。

Marcel も、情報技術系の大学を卒業した後、大学でネットワークの先生として少し働き、そしてベンチャー企業を興し、現在、夜間は経営管理の勉強を大学でしているのだとか。

そんな話をしている中で、最近起こっているデモの話から(彼も公立の大学に通っています)
教育と働く機会の重要性についての話になりました。

コロンビアはかなりな学歴社会です。
Marcelや彼の父親は、高度な教育を受けられたからこそ働くチャンスを得られたのだと言います。

私の配属先にある学校には貧しい子供達が通ってきます。
そこでは15歳位でお腹が大きい(妊娠している)女の子はそれほど珍しくなく、彼女達はしばらくすると学校に通えなくなるでしょう。

そして、シングルマザーとなるケースがかなり多く、彼女達にとって復学する事はなかなか難しいように思え、するとどんな風に働くことができるのか。

(特に貧しい人たちへの)性教育の重要性についてもMarcel は話してくれました。
ちょうど昨日、ソーシャルワーカーの先輩隊員が性教育のワークショップを開いた話を聞いていたので両者の話が重なって、とても印象的でした。

また、教育も重要だけれど、働く機会がたくさん増える事もとても大切で、安定して働ける機会が増えればゲリラへ入ろうと思う若者は減るし、その逆もまた然り。
そして現在、その状況は良くなってきている、とも聞きました。

そしてデモの事を思い出すと、
より多くの人に、より高度な教育が平等に受けられるように、そしてたくさんのチャンスが与えられるようになって欲しいな、と思ったりしました。

その一方で、
日本ではかなりの確率で大学に進学する人が多いけど、コロンビアの学生ほど熱心に勉強している人はどれくらいいるんだろう。
自分の学生時代を思い出すと、少し申し訳なく思ったりします。。。

そしてもし今、日本の大学が学費を上げます、と言ったら「どうせ学費は親が出すんだし」と思う学生が多くてデモは起こらないのかも、、、なんて思ったり。。。
(その前に、現在の政治に興味を持っている人自体が少ないかな)

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ちなみに、
Marcelの両親は、座学の勉強だけではなく農作業や採れたフルーツを子供に売らせるような事を通しての教育も大切にしたそうです。(だから経営者になったのか・・・)

私も幼い頃、母の実家で農作業を手伝うことがあったり、父の釣りについて行ったりする機会がありました。
子供の頃のそういった経験は大切だったな、と思います。
現代の日本の子供達にもたくさん自然に触れて自然の厳しさを感じて欲しい、と願うと同時に両親に感謝です。。。

2007年06月14日

デモで自宅待機中

数週間前からコロンビアでは学生によるデモが盛んに行われています。

それは政府が教育費を削減する方針にあり、『国公立大学の学費を私立並みに高くする』、という発表をしたから。(ゲリラ対策に重点を置くとか)

配属先が県立大学であるシニアの方のお話によると大学職員大幅削減の話もあるらしく、
職員と政府の間でも衝突があるそうです。。。

どんなデモかというと、
「教育費削減反対」の旗を持ったりして道路を練り歩くパターンが主。
バスやタクシーが主な移動手段である(電車は無い)この街でそういったデモがあると街は大渋滞です。。。

でも先週位からはそれが激化してきて、石を投げる、といった行為から、
この街でも失明してしまった人も出てしまったとか。。。

私の配属先には、コレヒオと呼ばれる中学・高校位の設備があるのですが、先週デモがあった時、学校はお休みになってしまいました。

そして今日はそのデモが最大規模になる、という話を職場の方から聞き、
大事を取って自宅待機しているところです。

そして地元の新聞紙サイトを見てみたらこんな記事が
マニサレスの地元紙 La Patria

そして今、外では学生のデモらしき声や太鼓の音も聞こえてきました。

この街、マニサレスでは皆が口を揃えて
「今までこんなデモ、暴動が起きたことはない」と言います。
(普段は本当に落ち着いた街です)

コロンビアでは貧富の差が本当に激しいので、国公立大学の学費が私立並に学費が上がったら、お金持ちしか大学に行けなくなってしまう、という機会の減少が気になる一方、
その交渉が暴力には発展して欲しくないな、という気持ちもあり。。。

今後、状況がどう変わるのかとても気になるところです。

2007年06月03日

身近に存在した悲しい過去

今回はシリアスな話題。

私のホームステイ先には、私以外に下宿している人たちが8人います。

そのうちの2人が先週大学を卒業し下宿生活を終え、
実家に帰ってしまうので送別会のような感じで昨夜は飲んでたのですが、
そこで、私と同じ歳のAlex(彼は社会人)が持つ悲しい過去を聞きました。


「俺、昔、兄ちゃんが2人殺されたんだよ。
兄ちゃん達が若いときに。同じ日の出来事だった。
彼らはお金をたくさん持ってたからね。
それで俺は住んでいた町を出たんだ。
そのまま住み続けたら殺される危険性があったから。
そして今、こうやって ingeniero(技術職・彼は橋の設計を仕事にしている)になることができたんだ。

かおる、コロンビアで若い子がお金を稼ぐ事は簡単なんだ。
お金のために、考えなしに人を殺してしまう。
だから、若い子はときに危険だよ。気をつけて。

そしてコロンビアには危険な地域がある。
そこには絶対行ってはいけない。」

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今週、下宿を終えてしまう大学生と数年間もの間
兄妹のように過ごしていた彼は色々な想いが混じっていたのでしょう、
私に話してくれたのでした。


多額の報酬を用意し、大人が、子供を利用して人を殺させる。

この話は先輩隊員から聞いたり、本を読んで知識としては知っていました。

けれど、いつも明るく笑顔で優しい、毎日一緒に食事をしている友達の兄弟が
実際被害にあって亡くなっていたなんて。。。

愛する人を同じ日に2人も亡くし、
住み慣れた町を捨て、出て行かなくてはならない。
彼が抱える哀しみがどれほどのものであるか。。。

私が今住んでいる街マニサレスは平和そのものですが
(私が自由に行動して良いと言われている地域は特に)
コロンビア社会が抱える問題が引き起こした悲しい事件、
それはとても身近に存在していたのでした。

そんな中、同じコロンビアに派遣された同期隊員(マッキー)が軍隊への体験入隊を経験してきた、という日記を読みました。
その中でのプログラム、射撃訓練所で教官が言ったという一言が頭を離れません。

「射撃する前に精神統一を行う。そして銃を持つことの責任の重さを考える。」

銃を持っている全ての人にこの言葉が届いて欲しい、と願ってやみません。。。

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1997年に出版されたので、今よりも治安が悪い時の話なのですが、コロンビアの少年が抱える問題については下記の本をお勧めします。

「暴力の子供たち―コロンビアの少年ギャング」
Alonso Salazar(アロンソ サラサール)(著), 田村 さと子 (翻訳)

2007年05月20日

人生初の40度

マニサレスに到着して約2週間経ちました。
噂通り、マニサレスは坂の多い街で風景がとても綺麗で
人々や穏やかで優しく、とっても過ごしやすそうな雰囲気です。

とそんな中、風邪をひいてしまいました(涙)
今までの疲れが出てしまったのか、一日の寒暖の差が激しい気候に慣れていないからか
高熱を出して寝込んでしまいました。。。

赴任して間もないのにお仕事もお休みしてしまい、落ち込みつつ熱にうなされ、
ホームステイ先の家族や職場の人が心配して色々話しかけてくれても、
頭がうまく働かなくてスペイン語を聞くこと、話すことがほとんどできず、
「お願い、一人にさせて~」なんて思ったりしてました。

けれど、先輩隊員がお見舞いに来てくれたり病院に付き添ってくれたおかげで
今はとっても元気になりました(^-^)。
ちっぴーさん、kuromieさん、本当にありがとうございました!

そうそう!
ヴィックス ヴェポラップ」という風邪を引いた時に胸のあたりに塗る薬、コロンビアでも使われていたんです!

ここでもやっぱり、お母さんが子供の胸に塗ってあげたりするみたい。
ホームステイ先の家族が私に貸してくれて匂いをかいだときにびっくりしました~。

2007年04月30日

Skype Out で国際家族会議 (^-^*)

4月30日、5月2日は甥っ子、昴と晃のお誕生日。
ということで、4月29日に兄の家で二人のお誕生会がありました。

そこには両親や兄弟などが集まっていたので
Skype Out というサービスを使って
日本のパソコンからコロンビアの私の携帯(JICAから貸与されている物)に
電話をかけてもらいました。

日本を出発して始めて聞く家族の声にちょっと郷愁を感じながら
3歳になる昴に直接「おめでとう!」と言うことができて嬉しかったです(^-^)。

インターネット同士の Skype は日本にいる時に何度か使ってみていたのですが
Skype Out はコロンビアに来てから始めて使ってみました。
かなり使い勝手が良いです♪

皆と一言ずつ、10人くらいと話したのかな?
普通にお話することができて、日本とコロンビアで話している感じがしませんでした。
インターネット回線の込み具合やパソコンの性能にもよると思いますが
ほとんどと言って良いほど音声の遅れはなく、普通に電話ができます。

ただ、回線が込んでいたりすると音声がかなり悪く、お互い聞こえにくく
なることもあるのですが、昨日はとてもクリアに聞こえました。

それに何より電話代が安いです!
日本からコロンビアの携帯にかけた時の電話代、1分約10円くらいだったような感じです。

もし国際電話をかける予定のある方がいたらぜひお試しください!
http://www.skype.com/intl/ja/products/skypeout/

0704skype.jpg

写真は日本にいるとき、母と甥っ子が Skype でテレビ電話をしているところ。